丸又蒲鉾製造(有)

福島県いわき市平薄磯字三反田157
TEL:02456-39-3434
e-mail marumata@athena.ocn.ne.jp
URL http://marumatakamaboko.com

丸又蒲鉾高木京子さん

丸又蒲鉾高木京子さん

専務取締役 高木京子さん

震災時、3つあった工場のうち、二つが津波で流され、なんとか残った工場も1メートル以上の津波で工場内はめちゃめちゃになり、高額な設備機器も塩害で使えない状態でした。
薄磯・豊間は被害のもっとも大きかった地域です。震災当時は、いま新工場になっている、この場所が更地だったおかげで、瓦礫と津波で前をふさがれ、背後を山で遮られて逃げ場のなくなった方が200人以上、避難してきました。当時は、残った蒲鉾を食べて凌いでいました。水も食糧もなく、町全体が瓦礫の山のようになり、いなくなった家族や友人を探す声が一晩中、毎日、変わり果てた町に響いていたのです。うちの従業員もひとり亡くなりました。助けを呼びたくても、どことも連絡もまったくつかず、呆然として、何を考えることもできず、私たちももう事業の再開はできないだろうと思っていました。

蒲鉾が腐ってはハエがたかるから処分しよう…せめて、店の瓦礫は片付けよう…それが精一杯でした。すると、全国からボランティアの方も駆けつけてくださるようになり、機械メーカーの方は機器を分解して、丁寧に掃除し、何度も何度も仮運転して塩が出なくなるまで面倒をみてくださったのです。
ホームページの書き込みには、高木さんたちは大丈夫ですか? 揚げ蒲鉾はまた食べれますか? と、励ましの言葉をたくさんいただきました。ほんとうに、ほんとうに、うれしかったです。亡くなった従業員のためにも、せめて揚げ蒲鉾だけでも再開しよう。そういう気持ちが湧いてきました。
そうやって片付けをやり、事業再開のために自分たちの工場にきた瓦礫を撤去する中で、発見されていない御遺体が出てきたこともあります…。
薄磯は、すべての人が心に深い悲しみと傷を負った町です。240世帯あったうちで、残ったのはわずかに20世帯…。自分たちが生活していた場所に同じように生活や仕事を取り戻すことができなくなった町です。その中で、うちは幸いなことに避難道路の外にこうした土地があり、国の助成を受けて事業を再開できるところまできました。ただ、それでもいままであった得意先の中には、事業が中断した間に他の業者さんに行かれたところもありますし、風評で受け付けてもらえない状態も続いています。でも、この年齢になって、改めて、人のありがたさ、生かされていることのありがたさに気づかせていただきました。それに感謝しながら、丸又の蒲鉾おいしいよという声をいただけるよう、仕事を続けさせていただきたいと思っています。


丸又蒲鉾

丸又蒲鉾

丸又蒲鉾工場内

丸又蒲鉾工場内

丸又蒲鉾商品

丸又蒲鉾商品


コメントを残す

Scroll To Top